よろずQ&A

【社会】. ネズミ構ではありません 〜しゅにょ弐
【問】 
<<前略>> 
そんなうまい話がここに現実にあるのです。 
<<後略>> 
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ 
【答】ひいはぁ言いながら仕事をして、雀の涙ほどの賃金を手にした経験のあるマ トモな大人なら、イン ターネットの掲示板に投稿される儲け話に「胡散臭さ」を感じ 無い筈がありません。 
 そして、それは極めてマトモな感覚なのです。 

 そもそも、私たちが働いて賃金を得るとはどういうことなのでしょうか。 
 それは、私たちが働くことによって誰かが利益を得、その生じた利益に対する評 価として報酬が払わ れるということに他成りません(ただし、賃金を支払うの者が 利益を甘受した者と同一であるとは限らな い)。 
 つまり、何処かに誰か金を払う人間が居て、初めて労働に対する賃金が払われ るのです。 
 まず、この大前提を脳味噌に刻んで下さい。 
 これは貨幣が存在しなかった大昔から連綿と続く「労働と報酬」の基本原則で す。 

 これには、孫の可愛い笑顔に支払われるお爺ちゃんお婆ちゃんのプレゼントな ども含まれます。 
 意中の彼女に贈られる貢物も本質的に同じです(そういう意味で信者によるお布 施も同義)。 
 これらは一見、「労働に対する報酬」には見えません。 しかし、孫の笑顔に癒さ れるお爺ちゃんお婆 ちゃんにとっては「癒しに対する報酬」であり、意中の彼女に 贈られる貢物は「下心に対する賭け金」な のです。 

 さて、私たちが一般に金銭を得る方法は、基本的にこの「労働に対する報酬」で す。 
 しかし、世の中には労働しなくても金を得る手段が存在します。 

 それは、マネーゲームとして得られる金銭です。 
 これは基本的な原理を「椅子取りゲーム」に準拠しています。 
 つまり、多数の人間がひとつの袋の中に金を投げ入れ、あるタイミングで袋の中 の金を奪い合うので す。 株式投資を含む博打の全てがこれに当て嵌まります。 

 そしてもうひとつ。 例外的な存在として資金運用が存在します。 
 これは不特定多数の人間から金を集め、集まった大金を投じることによって生じ る運用利益を、再分 配することによって得られます。 しかし、「運用」が例えば大 規模店舗の建築と経営であるならその利 益は根本的に「労働に対する報酬」であ り、例えば株式投資などであるなら「椅子取りゲーム」です。 
 つまり、お金を得るということは、(何処かの小国の某伯爵のように紙幣を印刷し てしまうのでない限 り)基本的に「労働に対する報酬」か若しくは「椅子取りゲーム で奪い合って勝ち得た金」のいずれか以 外にありません。 

 インターネットの掲示板に投稿される儲け話も、「HP上のバナーがクリックされ た」ということに対して 報酬を払う価値があると判断する大盤振る舞いな『誰か』が 存在しない限り成立しません。 
 その『誰か』は、勿論、「HP上のバナーがクリックされた」ということによって有形 無形の利益を得るか らこそ、HPの管理人に報酬を支払うのです。 ただただ「HP 上のバナーがクリックされた」だけでは何 も生み出されません。 「HP上のバナー がクリックされた」ことによって儲かるから、その儲けの一部が HPの管理人に支 払われるのです。 
 ここで気付いて欲しいのは、貴方が何処かのHPのバナーをクリックしたとして も、そのクリックしたと いう行為に対しては何ら金銭を支払わないという事実で す。 
 つまり、そのバナーのリンク先の商業HPで買い物をしない限り、バナーのクリッ クによる利益は発生 しないのです(※)。 

・・・お話はここでお終い。 
 後は自分の頭でカラクリを見抜いて下さい。 
 
※ ですから、成功報酬である“アフェリエイト”は、(少なくとも常識的な報酬額であれ ば)詐話でないと判断して良いと思われます。


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